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「準拠法」の問題
最近では国際結婚は何ら珍しいものではありません。その結果、国際離婚のご相談・ご依頼も著しく増加しています。
一般に国際離婚や渉外離婚(以下、便宜上、「国際離婚」と呼称します。)は、日本に居住する日本人と外国人夫婦が「離婚」する場合、日本に在住する外国人同士が「離婚」する場合、外国に居住している日本人が「離婚」する場合等を指します。国際離婚に際しては、先ず、日本法の下で「離婚」手続きを行うことができるか否かを明らかにする必要があります。これを「準拠法」の問題と言います。
「準拠法」の原則は「法の適用に関する通則法」が定めています。この際、個別の事情に応じて「準拠法」の判断は異なるので細心の注意が必要です。関係法令、例えば、戸籍法、戸籍法施行規則、出入国管理及び難民認定法及び関係通達等に基づき「常居所地」を検討した結果、「準拠法」が下に挙げた例と異なる場合は多くあります。「準拠法」の判断に当たっては必ず国際離婚の経験が豊富な渉外弁護士にご相談ください。
法の適用に関する通則法 第25条及び第27条(該当箇所の要旨のみ)
夫婦の「本国法」が同じときは「共通本国法」を適用する。(例えば、イギリス人夫とイギリス人妻の「離婚審判」にイギリス法を適用する。)
夫婦の「共通本国法」はないが「常居所地」が同じときは「共通常居所地法」を適用する。(例えば、日本在住のフランス人夫とドイツ人妻の「離婚審判」に日本法を適用する。)
夫婦の「共通本国法」も「共通常居所地法」もないときは「密接関連地法」を適用する。(例えば、韓国に単身赴任中のスペイン人夫が日本在住のポルトガル人妻に「離婚審判」を提訴する場合に夫婦の自宅土地・建物が所在する日本法を適用する。)
夫婦の一方が日本に「常居所地」を有する日本人のときは日本法を適用する。(例えば、ハワイ在住のアメリカ人妻が日本在住の日本人夫に「離婚審判」を申し立てる場合は日本法を適用する。)
ケース・スタディ8 国際離婚における「準拠法」、「管轄権」、外国判決の「承認」
日本人夫Aとアメリカ人妻Bは20年前に都内の大学卒業時に日本で「婚姻届」を提出して「結婚」し、直後に二人で渡米し、アメリカ企業に就職してNY州で夫婦として生活していました。日本人夫Aは約1年前に転職してタイに転居する際、アメリカ人妻Bに対して「価値観の違い」を理由に「離婚」を申し出た上で単身でタイに別居・赴任しました。その後もアメリカ人妻Bは引続きNY州で暮らしています。日本人夫Aはアメリカ人妻Bに対して「離婚訴訟」を提訴したいと考えています。
「準拠法」の問題
日本人夫A及びアメリカ人妻Bは国籍が異なることから「本国法」が異なります。現在、日本人夫Aはタイ、アメリカ人妻Bはアメリカ合衆国に居住しており「共通常居所地」も存在しません。従って、日本の「法の適用に関する通則法」に従えば、日本人夫A及びアメリカ人妻Bが最近まで20年間夫婦として同居し、アメリカ人妻Aが引き続き共重しているアメリカ合衆国(NY州)が最も密接な国・場所(密接関連地)であり、アメリカ合衆国法(NY州法)が「密接関連地法」として適用される可能性が高いと言えます。(法の適用に関する通則法25条及び第27条)
「管轄権」の問題
日本人夫Aはタイに駐在しており日本国内にもNY州にも「常居所」がありません。アメリカ人妻BはNY州を「常居所」としています。従って、日本の家庭裁判所は本件「離婚訴訟」を受理する「管轄権」がないと判断する可能性が高いと言えます。(人事訴訟法第3条の2)
次に、日本人夫Aからアメリカ人妻Bに対する「離婚訴訟」の「管轄権」がNY州にあるか確認する必要が生じます。NY州家族関係法(Domestic Relations Law)第230条は「離婚」に関する「管轄権」を次のように定めています。
日本人夫Aとアメリカ人妻Bが日本でのみ「婚姻届」を提出している場合は、NY州家族関係法第230条第1項の「当事者双方がNY州法の下で結婚」には該当しません。
しかし、日本人夫Aとアメリカ人妻Bは日本法の下で「結婚」した夫婦としてNY州で20年間生活し、その間に「結婚」が破綻して別居に至っていること、さらにアメリカ人妻Bが現在に至るまで20年以上継続してNY州に「常居所」を有していることからNY州家族関係法第230条第2項又は第3項に該当する可能性があります。
NY州裁判所はこれらを総合的に勘案して「管轄権」を認め、日本人夫Aからアメリカ人妻Bに対する「離婚訴訟」の訴えを受理する可能性があると言えます。
「▷離婚手続」のページでご紹介したとおり、わが国に居住する日本人同士の「離婚手続」には民法及び家事事件手続法等が適用されます。しかし、本ケース・スタディで紹介するタイ在住の日本人夫AとNY州在住のアメリカ人妻Bの「離婚訴訟」手続きにNY州法が適用される場合、日本における「離婚調停」、「離婚訴訟」等とは審理プロセスも結果も異なることが予想されます。
例えば、NY州家族関係法にも「Mediation(調停)」という手続きは存在しますが、わが国でいう「調停前置主義」(家事事件手続法第257条)とは性質が異なります。NY州では「離婚調停」を経ることなく、「Summons & Complaint(提訴手続)」から「Service(訴状送達)」、「Discovery(証拠開示手続)」、「Trial(公開審理)」、「Judgement(審判)」へと「離婚訴訟」の手続きが進みます。わが国の「協議離婚」と同様の「Uncontested Divorce」という制度もありますが、「離婚」が成立するためには必ず「Judgement(審判)」を経る必要があります。
かつてわが国の裁判所は、「配偶者」のいずれか一方に「結婚」の破綻に至る「有責性」が認められる場合に、「有責性」のある「配偶者」(これを「有責配偶者」といいます。)に対する「離婚手続」が認められる「有責主義」の立場を採用していました。最近は「有責性」の有無にかかわらず婚姻関係が破綻している場合に「離婚」を認める「破綻主義」に移行しつつあるともいわれていますが、「被告」に有責性がある場合に比べて「離婚」請求が認容される可能性は低いといえます。日本では本ケース・スタディのように、「価値観の違い」が「離婚申立」の唯一の理由では、最終的に「離婚訴訟」となった場合、夫からの「離婚請求」が棄却される可能性が高いといえます。日本ではある日突然一方の「配偶者」から他方の有責性のない「配偶者」に対して「別居」、「離婚」と離婚手続が進むことはありません。
しかし、NY州を含むアメリカ合衆国の全ての州は「破綻主義(No-Fault Divorce)」という考え方に依拠しており、有責性のない「配偶者」に対しても「離婚手続」が可能と考えられています。
外国判決の「承認」
日本人夫Aとアメリカ人妻Bは日本法の下で「結婚」していますので、日本において法律上「離婚」するためには、NY州法を「準拠法」とするNY州裁判所の「離婚判決」が日本で有効と「承認」される必要があります。これを外国判決の「承認」の問題と言います。
外国の裁判所で成立した「離婚判決」がわが国で有効と承認されるためには、下に示す民事訴訟法第118条第1号乃至第4号のすべての要件を満たす必要があります。なお、旧民事訴訟法第200条(現行の民事訴訟法第118条に相当)第3号の要件について検討した有名な裁判例として、東京高裁平成5年11月15日判決(判例タイムズ第835号132頁)があります。同判決では、日本人妻がアメリカ合衆国(テキサス州)から日本に連れ帰った子をテキサス州在住のアメリカ人父に引き渡すこと等を認めたテキサス州裁判所判決について、子が日本に居住するようになって4年余が経過し日本での生活に馴染んでいること、子は(判決時点で)英語の読み書きができないこと等を考慮して、当該テキサス州の判決をわが国で執行することは子の福祉に反する結果をもたらすものであり、わが国の公序良俗に反するとして執行判決請求を棄却しました。
本ケース・スタディの場合、先に論じたとおりNY州裁判所が日本人夫Aとアメリカ人妻Bの離婚訴訟の「管轄権」を有していますので、その判決の内容や手続きが公序良俗に反するなど民事訴訟法第118条各号に該当する事由がない限り、日本でも有効とされることになります。
民事訴訟法 第118条
外国の方式による「離婚」の場合の「離婚届」の提出
日本人配偶者の「戸籍」に外国の方式で外国人と「離婚」した事実を記載するため、「離婚」が成立した国(地域)を管轄する日本大使館(総領事館、領事館)等又は本籍地のある市役所(区役所)に「離婚」を届け出る必要があります。外国の方式で離婚が成立した日が「離婚」の日付として「戸籍」に記載されます。届出の際は「離婚届」、判決謄本(原本及び裁判所認証印のある副本各1通)、判決謄本の和訳文(原本及び副本各1通)、日本国旅券の写し1通及び滞在査証の写し1通が必要です。
本ケース・スタディの場合、①NY州を管轄する在ニューヨーク総領事館または②日本人夫Aの本籍地のある市役所(区役所)に「離婚」を届け出る必要があります。
【参考】日本法で成立した「離婚」条件の外国における有効性
日本の家庭裁判所で成立した「離婚」は外国でも承認されるでしょうか。わが国と同様、外国の裁判所も「相互保証」或いは「相互礼譲(Comfort of Comity)」の概念に基づき一定の要件の下で外国の裁判所の判決を有効と認めることが多いようです。但し、国によって「離婚」の手続は異なりますので、外国の裁判所が求める手続き上の要件を満たしていない場合に、事実上の「離婚」は認められても、その他の「離婚」条件が承認されない場合があり得ます。
例えば、NY州では外国判決がNY州法に照らして「重大な手続き上の瑕疵がなく(a showing of fraud in its procurement)」、公序良俗に反しない限り「承認」する手続きを定めています。そして、先に「『準拠法』としての外国法」で説明したとおり、NY州で「離婚」が成立するためには手続上必ず「Judgement(審判)」を経る必要があります。従って、NY州で「婚姻費用」、「財産分与」及び「養育費」が不払いの場合の「強制執行」による「金銭給付」を念頭に置くのであれば、わが国における「協議離婚」や「調停離婚」ではなく「離婚判決」または「離婚審判」として形式を整えることが勧められます。実際に、国際離婚では、「協議離婚」や「調停離婚」では外国で「承認」されないリスクがあることを懸念して、「調停に代わる審判」(実質的に当事者双方の合意が「調停」で成立しているが敢えて「裁判官による審判を求める手続」)により「審判離婚」を取得するケースも珍しくありません。
「在留資格」
国際離婚・渉外離婚と外国人配偶者の「在留資格」の関係については、当事務所ホームページ「▷離婚・婚姻破綻と在留資格」を参照してください。
国際離婚が日本人同士の「離婚」と比べて難易度が高いと言われる理由をご理解いただけたでしょうか。「準拠法」、「管轄権」、外国判決の「承認」の問題だけではなく、諸外国では「離婚」を取り巻く社会通念がわが国と異なる場合があります。国際離婚の当事者となる方は、国際離婚に精通した渉外弁護士にご相談されることをお勧めします。
ご依頼者のご心情に寄り添う対応を心がけています。先ずはお気軽にご相談ください。