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【ケース・スタディ11 外国人起業家による日本法人の設立】
オーストラリア国籍のネイサンは25年以上ハリウッドで映画ロケ専門のコーディネーターとして活躍してきました。今後は1年の半分は愛着のある日本で映画ロケ専門のコーディネーターの仕事を受けながら過ごし、残りの半分はハリウッドでコーディネーター業を続けるつもりです。仕事の依頼者はすべてハリウッドの映画制作会社です。役務契約と支払いもアメリカで完結しますので日本の「査証発給申請」は必要ないのでしょうか?
アメリカ合衆国における永住資格の維持
オーストラリア国籍のネイサンは「25年以上ハリウッドで」働いていることから、アメリカ合衆国の永住資格(グリーン・カード)を保持していると考えられます。
アメリカ合衆国の移民法は「移民として米国に入国した人はアメリカに永住する」ことを前提としています。そして、再入国許可(フォームIー131)を申請・取得せずにアメリカ合衆国外に1年以上滞在した場合は永住者としての資格を失うことになります。
アメリカでも税関・国境取締局の入国審査官には広範な行政裁量が付与されています。1年に満たない期間であっても複数回・長期間にわたりアメリカ合衆国外に旅行するのであれば、アメリカの空港に到着する際に入国審査官に対してアメリカに永住する意思があることや引き続き永住していることを立証できる資料を準備しておく必要があります。
「在留資格」「短期滞在」
「在留資格」「短期滞在」の下で行うことができる活動は「本邦に短期間滞在して行う観光、保養、スポーツ、親族の訪問、見学、講習又は会合への参加、業務連絡その他これらに類似する活動」と定められています。(入管法別表第一の三)
そして、「報酬を受ける活動は(中略)『短期滞在』の活動には該当しない。」、「役務提供が本邦内で行われ、その対価として給付を受ける場合は、対価を支給する機関が本邦内にあるか否か、また、本邦内で支給するか否かにかかわらず、『報酬を受ける活動』となる。」と規定されています。(出入国在留管理庁「審査基準」第12編「在留資格」第20節「短期滞在」)
ネイサンは「日米を何度も往復しながら生活するので一度の滞在期間は短い。1年のうち日本に滞在するのは半分にも満たない。日本で就職するわけではないのだから『短期滞在』の『在留資格』で大丈夫だ。日本はオーストラリアを『短期滞在』査証免除国に指定しいるから『在留資格』『短期滞在』の『査証発給申請』は必要ない。」と考えていたそうです。
しかし、上にあげた入管法及び審査基準の規定に照らせば、ネイサンがハリウッドの映画制作会社から報酬を得ながら日本国内で行うロケ・コーディネーターとしての活動(役務提供)は、「役務提供が本邦内で行われ、その対価として給付を受ける(中略)『報酬を受ける活動』」に該当しますので「在留資格」「短期滞在」のもとでは行なうことができないことがお分かりいただけると思います。
「在留資格」「興行」
「演劇、演芸、演奏、スポーツ等の興行に係る活動又はその他の芸能活動(この表の経営・管理の下欄に掲げる活動を除く。)」(入管法別表第一の二)
「在留資格」「興行」(基準3号)
外国人の方が、次のいずれかに該当する芸能活動を行おうとする場合
(1) 商品又は事業の宣伝に係る活動
(2) 放送番組(有線放送番組を含む。)又は映画の製作に係る活動
(3) 商業用写真の撮影に係る活動
(4) 商業用のレコード、ビデオテープその他の記録媒体に録音又は録画を行う活動
「興行」(基準3号)「在留資格認定証明書」交付申請に必要な提出書類
1 写 真
2 申請人の芸能活動上の実績を証する資料
所属機関の発行する資格証明書又は経歴証明書、CDジャケット、ポスター、雑誌、新聞の切り抜き等で、芸能活動上の実績を証するもの
3 申請人の日本での具体的な活動の内容、期間、地位及び報酬を証する文書
(1) 雇用契約書の写し 1通
(2) 出演承諾書の写し 1通
(3) 上記(1)又は(2)に準ずる文書 適宜
4 受入れ機関の概要を明らかにする次の資料
(1) 登記事項証明書 1通
(2) 直近の決算書(損益計算書、貸借対照表など)の写し 1通
(3) 従業員名簿 1通
(4) 案内書(パンフレット等) 1通
(5)上記(1)~(4)までに準ずる文書 適宜
5 その他参考となる資料
滞在日程表・活動日程表、活動内容を知らせる広告・チラシ等 適宜
ネイサンは「25年以上ハリウッドで映画ロケ専門のコーディネーターとして活躍」していますので、これまでの実績を取りまとめたセルフ・ポートレートを添えて「芸能活動上の実績」を証明することが可能でしょう。この際、アメリカの映画業界団体で制作にかかわる一流の技術者のみ加入が認められる団体、一例として、「American Film Institute」や「全米監督協会(Directors Guild of America)」などの会員であればその旨もあわせて説明すべきでしょう。
ネイサンはフリーランス(個人事業主)かあるいは自らが所有する「LLC」(エルエルシー、有限責任会社、Limited Liability Corporation)の代表者のいずれかと思われますので、映画制作会社との役務契約の写しをもって「具体的な活動の内容、期間、地位及び報酬」を証明することができるでしょう。この際、「報酬」に関しては「日本人が従事する場合に受ける報酬と同等以上の報酬を受けること」が求められます。
日本における受入れ機関については、①アメリカの映画制作会社の日本支社、②アメリカの映画制作会社が提携する日本の映画・テレビ制作会社、または、③自らがアメリカに所有する「LLC」など、実体に即した受入れ機関について丁寧に説明する必要があります。
ネイサンを取り巻く状況の変化 ①
ネイサンは無事に「興行」査証(6月)の発給を受け日本に入国・滞在しています。入管法の定める「中期滞在者」として滞在ホテルの「居住地の届出」(住民登録)も済ませ「在留カード」の交付も受けました。
映画ロケ専門のコーディネーターとしての日本での活動は順調です。ハリウッドの映画制作会社から来年以降の役務契約について打診がありました。日本でスタッフを増員する必要がありそうです。
ネイサンが日本で従事する映画ロケ専門のコーディネーターとしての活動は当初の計画によれば「1年の半分」です。活動は順調ですので日本とアメリカを往復して活動することも十分に予想されます。
ネイサンが業務の打合わせのためにアメリカに一時帰国する場合に「再入国許可」を得ずに日本を出国すれば「在留資格」「興行」は失効し残余の在留期間は消滅します。そこで日本を出国するに先立ち「再入国許可申請(一次又は数次)」または「みなし再入国許可申請」を行い日本に再入国できるように準備する必要が生じます。
「再入国許可申請(一次又は数次)」
「本邦に在留する外国人(中略)がその在留期間(中略)の満了の日以前に本邦に再び入国する意図をもつて出国しようとするときは、法務省令で定める手続により、その者の申請に基づき、再入国の許可を与えることができる。」と定められています。(入管法第26条)
「再入国許可」は「五年を超えない範囲内においてその有効期間を定める」ものですが、「在留期間満了日」がそれ以前に到来する場合は「在留期間満了日」までになります。したがって、ネイサンは「興行」査証(6月)の満了日までは日本を出国、再入国できることになります。
有効な旅券(パスポート)と「在留カード」を所持するものが「入国審査官に対し、再び入国する意図を表明」することにより再入国の許可を受けたものとみなされる制度です。(入管法第26条の2)
実際には、日本から一時的に出国する際に「再入国出国記録」の「一時的な出国であり、再入国する予定です」というチェック欄に☑印を記入することでみなし再入国を申請したものとみなされます。
ネイサンとハリウッドの映画制作会社の間で日本国内で行うロケ・コーディネーターとしての活動(役務提供)の期間を延長する契約を結び実体として活動を「更新」(延長)する場合はどうしたらよいのでしょうか。
「在留期間」の「更新」は「変更」と同様に「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り、これを許可することができる」ことと規定されています。(入管法第21条)ネイサンが「在留期間」の「更新」(延長)を希望する場合は、「更新」(延長)の目的が入国時と同様に「興行」(基準3号)の基準に適合している(「基準適合性」)ほか、これまでの在留状況が次の要件を満たしていることが求められます。
(詳細は出入国在留管理庁「在留資格の変更、在留期間の更新許可のガイドライン」(平成20年3月策定、令和2年2月改正)および出入国在留管理庁「入国・在留審査要領」第10編「在留審査」第4章「在留資格の変更・在留期間の更新」を参照してください。)
所得税の申告
ネイサンは日本国内に住所を有していますが1年を経過していませんので所得税法上は「非居住者」に該当します。(下の表を参照して下さい。)
「非居住者」であるネイサンは日本国内で行うロケ・コーディネーターとしての活動(役務提供)の対価としての報酬は「国内源泉所得」として課税され日本で納税義務を負うことになります。この際の税率は20.42パーセントです。(所得税法第3条「居住者及び非居住者の区分」、第5条「納税義務者」、第161条「国内源泉所得」第6号(人的役務の提供))
個人の区分 | 定 義 | 課税所得の範囲 | |
---|---|---|---|
居住者 | 非永住者以外の居住者 | 次のうちいずれかに該当する個人のうち非永住者以外のもの
| 国内及び国外において生じたすべての所得 |
非永住者 | 居住者のうち、次のいずれにも該当する者
| 国外源泉所得以外の所得および国外源泉所得で日本国内において支払われ、または国外から送金されたもの | |
非居住者 | 居住者以外の個人 | 国内源泉所得 |
その他の税金、社会保険など
ネイサンは入管法の定める「中期滞在者」として「住民基本台帳」に記載されます。所得税に加えて、住民税、労災保険、雇用保険、社会保険、介護保険、国民年金などについても納付・加入の義務が生じる場合があります。
これらの社会保障制度への加入は日本での滞在時期、国籍や居住国などによって異なります。細部は「日・米租税条約」などの二国間租税条約や「日・米社会保障協定」などの社会保障協定に定めがありますので参照してください。
将来、「在留資格」を変更する際や「在留期間」を「更新」(延長)する際には、「納税義務を履行していること」や「社会保険に加入していること」が要件となります。将来のことも考慮し、ネイサンは正確な申告と期限内の納税、そして社会保障制度への加入を行う必要があるといえるでしょう。
オーストラリアの所得税
ネイサンはオーストラリア国籍を保有し25年以上ハリウッドで働いているアメリカ永住者であり、日本では入管法上の「中期滞在者」かつ所得税法上の「非居住者」として働いています。
オーストラリア市民である以上、当然、オーストラリアにおける納税義務についても検討する必要があります。細部はオーストラリア税務局(Australian Tax Office)又はオーストラリア国内で登録している弁護士または税理士等に照会する必要があります。
ネイサンを取り巻く状況の変化 ②
日本における映画撮影にはあと数年を要する見込みです。ハリウッドの映画制作会社から来年以降も役務契約を長期にわたって継続したいとの打診がありました。
ネイサンは一旦アメリカに戻ったのちに日本に株式会社を設立してハリウッドからカメラマンや映像技術者を招聘して業務を拡大・継続したいと考えています。
株式会社の設立と「在留資格」「経営・管理」の取得
日本で株式会社を設立すれば必然的に「在留資格」「経営管理」を取得できると誤解されている方がいらっしゃいますが、株式会社を設立するための法務局への手続きと、「在留資格」「経営管理」を取得するための地方出入国在留管理局への手続きは全く異なります。
法務局に対する登記が完了すれば株式会社は設立できます。しかし、「在留資格」「経営管理」の取得は地方出入国在留管理局の行政判断によるものであり不許可になる可能性がありますので、これから行おうとする事業について十分に説明を尽くす必要があります。詳細は出入国在留管理庁ホームページ「外国人経営者の在留資格基準の明確化について」が許可・不許可事例を含めて解説していますので、設例と同様に日本で会社設立を検討されている外国籍の方は、是非確認して下さい。
「在留資格」「経営管理」の申請に当たり必要とされる疎明資料は申請者の「所属機関」によって4つのカテゴリーに区分されています。これから自ら株式会社を設立しようとする方は「カテゴリー4」に該当します。
「経営・管理」「在留資格認定証明書」交付申請に必要な提出書類(一例、抜粋)
1 写 真
2 申請人の活動の内容を明らかにする資料
役員報酬を定める定款の写し又は役員報酬を決議した株主総会の議事録
3 事業内容を明らかにする資料
当該法人の登記事項証明書の写し及び会社の沿革、役員、組織、事業内容(主要取引先と取引実績を含む。)等が詳細に記載された案内書
4 事業規模を明らかにする資料
常勤の職員が二人以上であることを明らかにする当該職員に係る賃金支払に関する文書及び住民票その他の資料、登記事項証明書
5 事業用施設の存在を明らかにする資料
不動産登記簿謄本、賃貸借契約書など
6 事業計画書の写し
7 直近の年度の決算文書の写し
8 前年分の職員の給与所得の源泉徴収票等の法定調書合計表を提出できない理由
外国人起業家のための留意事項
ここで、「在留資格」「経営・管理」を申請することを念頭に置かれている日本国籍を保有しない外国人の方に日本で株式会社を設立するに先立ち知っておいて頂きたい点が幾つかあります。(出入国管理及び難民認定法第七条第一項第二号の基準を定める省令)
ここまで読んで頂ければお分かりいただけるとおり「在留資格」「経営・管理」は俗にSOHOと呼ばれるような自宅を拠点にする個人、個人事業主、個人事業者などの外国人の方がお独りで申請・手続することはなかなか困難です。
日本で起業をお考えの外国人起業家の皆さんは、事業計画の具体化は勿論ですが、ここまでご説明した、会社設立の手続き、税務、「在留資格」の申請、社会保険・労務などについて多角的に相談できる弁護士、税理士、社会保険労務士、行政書士などに早めにご相談されることをお勧めします。
ご依頼者のご心情に寄り添う対応を心がけています。先ずはお気軽にご相談ください。